継続は力なり

100%を毎日達成できなくてもいい。50%でも40%でもできたらOK。

闇があってこそ光は輝く

 

 

どちらも存在していていいんだ、と思った。

 

夜が来るから星は綺麗に輝く。

 

共存したらいい。

 

 

私的メモでした。

 

 

胸糞漫画 『奈落の羊』の感想 ネタバレ

 

※作品の中傷記事ではありません。

 

最近漫画BANGという無料漫画のアプリで

『奈落の羊』という漫画を読んでいます。

 

内容はざっくり言うと、

主人公のシュージというユーチューバーとして活動している大学生が

偶然入った飲食店で宿無し、金無し、身寄り無しの20歳の売春少女

メイちゃんを見つけ、メイちゃんが売春をしていることを知り

動画のネタ、収益アップの道具として利用し自身の番組を盛り上げていく漫画です。

 

ゲスな人間ばかり出てきて幸せな様子はほとんどなく

まさに地獄という感じの漫画なのですが

とても続きが気になり、無料コインを使い尽くして

読めるところまで読み切ってしまいました。

 

お金がなく、売春でしか食べていけない底辺の少女の生活って

こんな感じなのかな、

とてもリアリティのある漫画です。

主人公のシュージがユーチューバーというのも現代らしいです。

 

実際のユーチューバーが奈落の羊のようなことをしているのは見かけませんが

売春女をネタにしてユーチューブで一稼ぎみたいな配信も実際にあったりするんでしょうか。

もっと読み進めたいと思うのは、

自分自身が現在フリーターであまり稼げておらず、貧乏という点で

メイちゃんに自分を重ねてしまうからでしょうか。

とはいえ、私は住む家はあり、親はあり、ご飯を食べるには困っていませんが…

もしお金もなく身寄りもなく家もなく、仕事もどこも雇ってもらえなかったら

こういうことをして生きていくしかないのかな…と興味が湧いてしまいます。

 

ユーチューバーしゅーじとメイちゃんだけで進めていく話かと思いきや

しゅーじの配信を見ているリスナーの中にさらに黒幕がいます。

なんとその黒幕は、嘉門というしゅーじとの関わりがある男の子でした。

嘉門はメイちゃんとしゅーじの前では、メイちゃんの味方を演じとてもいい人ですが

裏ではしゅーじの配信のリスナーとしてコメントで反応を送り

しゅーじを言葉巧みに操って自分の思い通りに動かそうとしています。

さらに嘉門にはリスナーの中に仲間がいるようで嘉門ひとりからのコメントでは

しゅーじに反応してもらえない時もあるため、

時には仲間に呼びかけて自分と似たようなコメントを複数人に送らせ

しゅーじが嘉門の思い通り動くよう誘導します。

 

世界には嘉門のようににこにこいい顔をしながら

裏では人を操ろうとしている人間も存在するのかもしれないと思うと

何を信じたらいいか分からなくなり、なんだか世界が怖いところのように

思えてきてしまいます。

 

少し話は脱線しますが、

嘉門が動画へのコメントでしゅーじを操ろうとしているように

消費者を操るための情報は結構日常に溢れているなと思います。

 

例えば、テレビの食レポ番組がいい例でしょうか。

食べ物を美味しそうに写し、美味しそうに食べているところを写し

更に 限定、即完売、など消費者が買いたくなるような言葉を使って

長蛇の列が出来ている様子を写し、自分も食べたい、買いに行きたいと言う気持ちにさせる。

社会が怖くなってしまいます。

私の見方がうがってるのかなあ。

 

話を戻します。

奈落の羊は正直、絵は雑だなと思います。

でも、ストーリーがとても作り込まれていて

もっと続きを読みたいという気持ちにさせる漫画なので

絵の雑さはさほど気にならずすらすらと読めてしまいます。

 

笑える話ではないけどとても面白いです。

心霊番組と傾向は似通っているかも?怖いもの見たさです。

尻切れとんぼですが書くことがなくなったのでこのへんで。

 

 

 

 

 

いきぬーきー

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色入れすぎてうるさいですね、統一感ないなあ。

着色センスこい。

最近笑えてないなあ。

 

 

多分、笑ったこともあったと思うけど

ここ数日表情が固いような気がする。

 

それは、やっぱり仕事面での不安があるからだと思う。

 

と言うより、

仕事面の前にまず能力面での不安が大きい。

 

社会に出てから、自分の無能さをひしひしと感じてる。

もちろん何もできないわけじゃない。

だけど、社会に出たら職場で役に立たなければ無能なのと一緒だし

お金が得られないと生きていけない。

 

煮詰まってるなあと思う。

こういう時は逆に考えない方がいいのかもしれない。

煮詰まってる頭で解決策を考えてもいいアイデアがでることは少ないし、

簡単なことを難しく考えても余計厄介なことになる。

 

一旦、お金のことから離れてみようかな。

お金お金って思ってるからうまくいかないのかもしれない。

 

お金はあるということにしてみよう。

大丈夫だ、大丈夫と思ってみよう。

今、生きていけてる。

食いっぱぐれてない。

大丈夫、とりあえずお金の心配は横に置いて

就活もとりあえず保留。

今焦ってもきっとうまくいかない。

 

 

 

若者ハローワークで職業相談を受けてきた。

 

 

今日はヤングハローワークで職業相談を受けてきました。

 

担当の人は、若干人と話す時に緊張してしまう(対人恐怖の名残です)私でも

緊張せずに話せる物腰の柔らかい女の人です。

 

今回の相談は2回目の相談でした。

 

今回は、これからどうしようと思っているかの話をしたり

今の所の職場での悩み事を話したり。

 

私は相談することが苦手で家族にも相談せずに悩んでしまうところがあるので

話せるところがあるのはありがたいです。

でも、私が求めすぎるのかもしれませんが、少し物足りないと感じました。

 

やっぱりたくさんの人を相手にしなきゃいけないと一人一人の精度は落ちてくるのかなあ。

 

私の気がすむまで時間をとってもらったのですが、

正直密度はあまり濃くなかったように感じました。

 

やっぱり、人間ひとりひとつ自分の体と頭をもらってるんだから

能力に差はあるだろうけど、自分のことは自分で考えるのがいいんだと思います。

 

今日も取り止めがない文章だなあ。

やっぱり私は周囲が騒がしいと集中が途切れやすいみたいなので

自分が集中できる環境を自分で探すか作り上げるかしないと

いけないんだと思います。

 

そして、与沢翼さんが動画で言っていた話なのですが

やっぱり「勉強」がすごく大事だと思います。

情報収集、自分に必要な情報収集を自分でとりにいかなきゃいけないです。

 

私は、歳をとって体が思うように動かなくなってからも

体に鞭打って働き続けるのは嫌だし、

お母さんにもできることなら無理に働かなくていいと言えるようになりたいし

自分も今現在も無理して働きたくない笑

 

だから時間を無駄にしないようにしなきゃ。

自分の人生を真剣に考えてくれるのは、

自分しかいません。自分の人生他人任せにしちゃダメだ。

与沢さんレベルまでいけなくともまずは自分の身を立てられるようになりたいです。

 

 

周りに影響されてしまう。

 

 

テレビ、家族の話し声、生活音。

気になるネットの記事、動画。

 

色んなことに、気を取られてしまう。

そんな状況下で集中できるようになることがある意味

修行?とも取れるのかもしれないけど

 

なんだか集中できないから

なんとなく暇を潰して1日が終わる。

そんなんじゃダメだと思う。

時間は貴重なんだ。

 

まずは環境づくりから始めないといけないかな。。

 

もし、親が死んで、妹を育てなきゃいけなくなった時に

あんまり接していないと妹のことがわからなくてうまくやっていけなく

なるかもしれないから一緒にいた方がいいと思って実家に戻って来たけど

その前に、自分が何で稼いでいくのかを決めてちゃんと

仕事ができるようになるために実家から出た方がいいと思う。

 

多分、時間が経てば経つほど、

出るのは難しくなる。

 

早く一人暮らしの資金を貯めて、

親から離れなくちゃいけない。

親元にいても自立でいる人はいるって思ったけど

多分私は親が頼れる距離にいると頼ってしまう。

頼れなければ自分でなんとかするしかなくなるから。

 

いつまでもこのぬるま湯の中にいたら

もっと時間が経って25、26とかになった時に

あの時出ていればもっと大人になれてたかもしれないとか

後悔しそうな気がして

 

何もかもあって、安心な環境なのに

いや、安心な環境だからこそ?不安になる。

 

実家から出なきゃいけない。

 

 

生活立て直し企画 生活リズム編(11)

 

 

もはや私はもう23時に寝て7時に起きるつもりなんて

ないのかもしれないです。()

おはようございます、今日は確か9時頃に起きました。

7時に起きる7時に起きるって言いながら毎日9時に起きてるんだから

もういっそ9時に起きるに目標変更したらいいんじゃないの。

 

隣の部屋で親が朝晩の習慣のお祈りをやっています。

やらない理由。半信半疑でその宗教を信仰していなくて身が入らないからです。

本当は一緒にやりたい気持ちもあります。

でも、それはその宗教を信仰しているからではなく

お母さんと一緒にやりたい、というか、仲間はずれのような気分になるからです。

なら一緒にやるっていったらいいんじゃないかと思うけど、

自分が今までも求めて来たものが、すでに手元にあったら

拍子抜けするというか、

答えを差し出されても満足できないというか

自分が見つけて初めて正解と呼びたいというか

よくわかりません。

 

たまに自分が何考えてるかも分かりません。

何を信じたらいいのか、誰のいうことを聞いたらいいのか

はたまた誰のいうことも聞かなければいいのか。

とどまる場所を見つけられずいつも情報の波に溺れているような気がします。